取材つづり~vol.5 寺川社長に感じる動じない決意

翌日のセリにむけて大忙しの寺川社長が、宿で休む取材班を訪ねてきてくれました!近藤さんと社長は一体どんな話をしたのでしょうか。

男が守るそれぞれの持ち場

取材班、宿に到着したのは16時を回っていました。かわいい部屋菓子にほっと一息。4時起きの私達、疲れているはずなのに、頭はどんどん冴えてワクワク、どんどん柴山の地に魅せられていきます。

今まで知らなかった漁師さんというお仕事。「魚を獲って沖に上げる」だけではとても留まらない律された世界。何より、男同士、それぞれの持ち場に敬意を払っているように思えて、見ているこちらも清々しい気持ちにさせてもらいました。

 

海の家族に祈る

その敬意を強く感じたのは、港で寺川さんと松栄丸の帰港を迎えた時。どれだけ獲れ高があるか分からない、何かトラブルがあったかもしれない。どんな状況で寄港したのか。そんな雰囲気を目で見て感じようと、船には上がらず、静かに優しく見守る横顔には海のスタッフの皆さんを信頼していることが伝わってきました。

そしてキビキビ働くみなさんの無事を心から喜んでいる安堵の顔も。「出航時は、毎回祈るような気持ちで皆の安全を見守ります」「急に予定変更して帰港すると連絡がきた時は海がどんな状況か、いてもたってもいられなくなる」とおっしゃられ、松栄丸の皆さんは、大きな家族なんだなと羨ましく感じました。

 

変わっていく街で、変わらない思い

夕方、仕事の合間を縫って寺川さんが宿を訪ねてくれました。「初めて訪れた柴山港はどうでしたか?田舎のマチ。ガソリンスタンドも、銀行も無くなりました。小さな商店や他の船には後継者がいません。衰退していく一方の街を危惧しています。」と教えてくださいます。
ただ、間違いなく諦めていない事が伝わってきます。

20代や30代は遊んでいたと。一度は船を手放して漁業を辞めたこともある。ダメな時期もあった。けれど、「これから挽回する」との静かな言葉に変えていく力をしっかりと感じました。

 

多くの小さな積み重ねが大きな渦をつくる

ひとつひとつは些細なことかもしれない。けれど、集まれば大きな流れになります。底引網漁、上がったばかりの網から、その場ですぐさま活魚か見極め選別をされているそう。ちょっとした手間ですけど、その作業は負担を増します。

魚をすぐに冷凍し、船上で体を休めることが優先だった時代に始まった先進的な取り組み。活魚のままセリにかけると、観賞用の魚だと笑われることもあったそうです。「本当に美味しい魚を伝えたい、もっと伝える、どんな風に魚が来たか知って欲しい。」その思いだけで見直した多くの慣習。それが今では認められ、港の主流になっています。魚を愛する人の想いが詰まっている魚が、美味しくないわけがないですね。

 

寺川兄弟のたしかな絆

都会に憧れてマチへ出て行った寺川兄弟。兄、寺川社長も、弟、寺川船長も、どちらも都会で別の仕事をし、でも、故郷柴山に、家業をするため戻ってきました。弟さんが「船に乗る」と言ったのが10年前。兄は試験を通らないと思っていたそうですが、猛勉強の末、一発で航海士を取得した船長の弟さん。

「あの努力は凄い。尊敬する。」と当時を語ってくれました。兄弟で船に乗るといさかいが起こると笑い話にされていますが、兄は陸で販路拡大し会社と社員の生活を守り、弟は海で魚を探し当て、船と船員の命をつないでいます。

 

こころに届く、心配り

夜も10時をまわり、まだ仕事が残っているのでとお帰りになる寺川さん。翌朝「セリ」の取材についての打ち合わせをします。「朝早くてお疲れでしょうから休んで下さい」とのお心配りも。

取材班以上に早起きの寺川さんは、今からカニの選別、セリ、片付けで気の抜けない半日が始まります。こんなにも働いているのに、なぜ細やかに人を想うことができるんだろう。私も寺川さんの菩薩感に近づきたいです。社長、というより、ついつい親しみ込めて「寺川さん」と呼んでしまいます。

さて、次の取材記は、いよいよセリの場面! 引き続き、松栄丸から目が離せませんよ~♪

 

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近藤 加奈子
近藤 加奈子

釣り好きが高じて淡路島に移住し2年!海の中の魚の世界、どうなってるの?と、松栄丸さんのお話しを聞いて、見てすっかり柴山港のトリコになってしまいましたよ!トリコポイントをゆるゆるお届けしま~す〇